近年の食品の安全性確認では残留農薬検査は欠かせないものになりました。多くの食品で残留農薬検査が行われますが、残念なことにマトリックス効果が原因で正確な分析結果が得られないことがあります。マトリックス効果とはどのようなものなのでしょうか?この記事ではマトリックス効果の概要とその対策の現状について解説します。
そもそもマトリックスって何?
マトリックスを日本語訳すると基盤や基質という言葉になります。生物学または医学では間質と表現されます。例えば細胞間質とは細胞と細胞の間にある不溶性の物質のことを指します。とても分かりにくい言葉ですが、細胞を主とすれば細胞間質はその周りにある様々な不溶成分のことです。
残留農薬分析においては、分析目的とする農薬に付随して抽出される様々な成分のことを指します。夾雑物と呼ぶ場合もあります。本来であれば検査の全段階で除去されるべき成分です。しかし、完全に除去しきれないことで検査結果を大きく誤らせることになります。
マトリックス効果とは何か?
物質の抽出検査を行ったときに、検査対象の物質によっては正確な検査結果が得られないことが少なくありません。その原因の一つがマトリックスです。ある物質の抽出をした時に、理論上あり得ないほど大量に抽出されることがあります。
これは抽出しようとした成分以外の成分が一緒に抽出されてしまった結果です。この、本来抽出されるべき成分以外の成分がマトリックス(夾雑物)です。このようにマトリックスが検査結果を不正確にしてしまうことをマトリックス効果と言います。
検査対象の物質にマトリックスが多いほど検査結果は不正確になることが多いものです。例えば、ガスクロマトグラフィー分析やガスクロマトグラフ質量分析計での検査結果で異常値が出る場合などはマトリックス効果の影響が高いと考えられています。
この場合の異常値とは検査結果がスタンダード数値の200%や300%というほどの大量である場合を指します。このような検査結果が出たときには、マトリックス効果が大きく影響したと判断します。
残留農薬検査の現場ではマトリックス効果が非常に頻繁におきるため対策が急務となっています。現状では、マトリックスを完全になくすことはできないまでも様々な解決方法が考案され改善傾向にあります。
マトリックス効果の原因物質
マトリックス効果を起こす成分は高沸点あるいは不揮発性の成分と考えられています。脂肪分もマトリックス効果を引き起こす成分です。実際に馬鈴薯,ほうれん草,オレンジ,玄米,大豆を用いてマトリックス効果が起きるかどうかを検査した結果も報告されています。
この検査報告では、5種類の農産物のガスクロマトグラフ質量分析計検査結果で、5種類すべての農産物でマトリックス効果が確認されました。その検査ではマトリックス効果を起こす成分調査も並行して行われ、マトリックス効果の主たる原因成分を突き止めています。
主たるマトリックス成分としては、モノアシルグリセロール類,トコフェロール類,ステロール類が確認され、それらの成分に関してさらにマトリックス効果が起きるかどうかを再確認した結果、マトリックス効果を引き起こすうえで最も大きな影響を与えているのがモノアシルグリセロール類であることが分かりました。
モノアシルグリセロールは別名をモノグリセリドといい自然界に広く存在する油脂類です。結合している脂肪酸基が一個のものを指します。トコフェロール類はビタミンEに類する成分、ステロール類は脂質成分の一つで動物性をコレステロール、植物性をフィトステロールといいます。
マトリックス効果の影響を受けやすい農薬
またマトリックス効果の影響を受けやすいと考えられている農薬には、食品全般における3- ヒドロキシカルボフランカルボフラン、バターや牛乳におけるアセフェート、ホウレンソウにおけるビテルタノール、玄米、クリ、キュウリにおけるカプタホールやキャプタン、玄米、ホウレンソウにおけるクロルニトロフェン、水道水におけるクロルピリホスなどがあります。
バターやミルクは脂肪分が多いのでマトリックス効果の原因物質であるモノアシルグリセロールが多いことが容易に想像できます。またホウレンソウもビタミンEが豊富、玄米は植物性のステロールが多い食品なので検査結果と符合します。
このほかにも、レモンもマトリックス効果が出やすい農産物です。
マトリックス効果解決対策について
マトリックス効果を解決する対策として最も正攻法と考えられるのは、試料を完全にクリーンアップすることです。現在ガスクロマトグラフ分析でよく行われているクリーンアップ法はGPCクリーンアップシステム といわれるものです。
このシステムでは脂質や色素を除去できます。マトリックス効果の原因成分といわれるモノアシルグリセロール類は脂質です。多くの検査機関や研究者はできうる限り完全を目指してクリーンアップに努めていますが、いまだ完全とはいきません。
安定同位体希釈法は優れた対策ではありますが、膨大な数の農薬に対して一つ一つ安定同位体を探すことが困難だといわれています。最近になって試薬メーカーによって安定同位体を添加した分析用の農薬の販売が始まりつつあります。
ガスクロマトグラフ用器具の改良について
またガスクロマトグラフへの成分の吸着の防止など様々な方法が考案されています。クロマトグラフィーのスプリット及びスプリットレス注入を、ガラスインサートをシラン処理することによってマトリックスの付着を防ぐ方法が考案されています。
ガラスインサートとはガスクロマトグラフィーに試料を注入する際に使用する器具です。シラン処理とは、表面にセラミック剤をコーティングすることによって、表面を滑らかにし防水性を高めようとする処理です。シラン処理をすることによって、ガラスインサートの表面の凹凸が無くなりマトリックス成分の付着が緩和されるのです。
このことによってマトリックス効果が緩和することが確認されています。
残留農薬検査におけるマトリックス効果は完全ではないが改善傾向にある
残留農薬検査におけるマトリックス効果については多くの研究者や検査機関が改善方法を考案し、改善方法が見つかってはいますが、まだ完全に確立されたとは言えない状況です。
化学的または物理的な方法を複合させながらマトリックスと戦っているのが現状です。しかし、改善のレベルは徐々に向上していることは確かです。今後大いに期待できるでしょう。